あなたがたに平和!
あなたがたに平和!山形教会の十字架は復活のイエス様です。
そのイエスが「あなたがたに平和!」と呼びかけています。
お母さんの手がそうであったばかりに、お母さんに心を開けなかったのです。
葬儀の時、棺の中のお母さんの両手が組ませているのを見て、彼女がお父さんに「白い手袋をはめて」と言ったら、お父さんは怒りました。
お父さんは今まで話していなかったことをしゃべらねばと思って、娘に話しました。
それは、お母さんの手がなぜそんなにもひどいヤケドを負ったかということでした。
女性がまだ赤ちゃんだった頃、生まれて間もないある暑い日のことでした。
あかちゃんにタオルケットを掛けて、近くで扇風機を回し、お母さんは台所で家事をしていたら、突然赤ちゃんの激しい鳴き声が聞こえ、飛んでいったら、タオルケットに火がついていました。
扇風機が漏電して、火が出、赤ちゃんにかけていたタオルケットに燃え移ったのです。
お母さんは必死に自分の両手で火を叩き消しました。
赤ちゃんはヤケド一つなく助かりました。
そして、お母さんの手はひどいヤケドでただれてしまいました。
お母さんもお父さんもこのできごとを娘に話したことはありませんでした。
娘が知ったら、自分のためにこうなったと負い目を感じるといけないから、絶対に言わないでとお母さんはお父さんに頼んでいたのです。
目をそむけたそのものから いただいた命
その女性は言いました。
「お母さんの命によって、お母さんの醜くなった手によって、わたしの今の命がある。
今、思い出すのは、醜い手を合わせて祈っている姿です。
生前は、それを見て、手ばかりが目に入ったのに。
私はお母さんの命をもらっているから、お母さんの命を生きる義務があります。
お母さんの命を生きるてどうすればいいのかなって考えました。
お母さんは家族と信仰を大事にしていたから、私も信仰を大事に生きていこうと思いました。」
お母さんは死んではいないのです、娘のうちに生きています。
しかし、このイエスから目をそむけてはいけないのです。
目をそむけたくなる
ある教会でのことです。
若い女性が訪ねてきて、「自分は幼児洗礼だけど、勉強したい」といいました。彼女は自分のこと、お母さんのことを話しました。
お母さんは少し前に病気で亡くなり、葬儀ミサがありました。そのお母さんは両手にひどいヤケド痕がありました。
彼女がもの心付いた時からずっとあり、目をそむけたくなって、とても嫌だったと話しました。
十字架のイエス
-イエスの現実、そして復活のイエス
私たちは復活のイエスを見るには、この十字架のイエスを見なければなりません。
本当のイエスを見る心を持たなければなりません。
イエスの現実は、誰からも理解されず、軽蔑され、裏切られ、3年間生活を共にした弟子達さえもイエスを捨てて逃げてしまった、私たちもイエスに同じようにしている、これがイエスの現実です。
しかし、イエスが十字架上で命を引き取った後に、弟子たちは戻って来て、まじまじとイエスを見つめました。
そして、イエスの声を聴いたのです。
「あなた方に平和があるように。」
(文責 Y.T.)